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2022.06.22Info

【L★R Rock Battle】AFTER STORY 5章【GYROAXIA】

 L★R Rock Battleの運営に招待され、GYROAXIAはとある旅館にやってきた。メンバーにまとまりはないものの、温泉、食事、娯楽、とそれぞれ休暇を満喫している。
「にゃんこたろうも一緒に来られて良かったねー」
 にゃんこたろうを抱き上げて寝転がった涼だったが、伸ばした足が礼音に当たる。それにバランスを崩しそうになった礼音はなんとか耐えたあと、涼に怒鳴った。
「涼さん! 図体でかいのに部屋でゴロゴロすんなよ。歩きにくいだろ!」
「えー? にゃんこたろうもゴロゴロしてるよ?」
「猫と人間は違うだろ!」
「にゃんこたろう、みんなで旅行って楽しいねー」
「話聞けよ! はぁ……ったく、どいつもこいつも」
「まぁまぁ、礼音くん。落ち着いて。せっかくの休暇なんだしさ、怒ってたら疲れちゃうよ」
 苛立った礼音の肩に、深幸が手を置く。が、それはすぐさま振り落とされた。
「……俺は休んでる暇があったら練習したい」
「はは、礼音くんは真面目だなぁ」
「深幸さんには関係ないだろ」
 ピリピリしていた礼音だったが、ノートパソコンを手に持った賢汰が部屋に戻ってくると、その態度をがらりと変えた。
「あ、賢汰さん! 打ち合わせ、終わったんですか?」
「ああ。この休暇が終わったらまたツアーが始まる。今のうちに、できるだけ詳細を詰めておきたいからな」
「……賢汰センセイは休暇中も忙しいってわけね」
 深幸の嫌味を気にも留めずに、賢汰はふたりにチラシを差し出した。
「深幸も礼音も、暇なら温泉街の方に行ってきたらどうだ?」
「イベントのチラシ、ですか?」
「ああ。さっき旅館のスタッフにもらった。出店もあって随分賑わっているようだ」
「賢汰さんは行かないんですか?」
「俺は送らないといけないメールがあるから遠慮しておくよ。那由多、少しいいか?」
 話しかけられた那由多は、返事をせずにじろりと視線だけを賢汰に向ける。
「次のライブの日程と会場がすべて決まった。少し長期間のツアーになるからな。この休暇中はできるだけ喉を休めておいてくれ」
「俺に指図するな」
「なんだよ、その態度……!」
「はいはい、礼音くん落ち着いて―。旅行中に喧嘩しちゃダメだよー。お兄さんが出店で何か買ってあげるから機嫌直しなって」
 掴みかかりそうになる礼音を深幸が慌てて止める。礼音は深幸の静止を聞きつつも、納得できない様子で那由多を睨みつけた。
「えーっと……じゃ、俺と礼音くんはイベントに行ってくるわ。涼ちんも来る?」
「行こうかなー。ケンケン、お土産買ってきてあげるね」
「ああ」
 深幸と礼音、涼が部屋を出ていく。それを見送ったあと、賢汰もパソコンに向き合う。しばらく静かな時間が流れ、そのうち那由多が座っていた椅子からゆっくり腰を上げた。
「那由多? どこか出かけるのか?」
 那由多は賢汰の問いには答えずに、ばたりと扉を閉めた。

――二日目・夜。
 蓮は、歌いたい気持ちを無理やり押さえつけながら、温泉街を歩いていた。どうやらイベントをやっているらしく、温泉街は楽し気な音楽が流れている。それが一層、蓮の歌いたい気持ちを強くした。
「歌っちゃダメ……歌っちゃダメだ……だって航海と約束したんだ。旅行期間中は、喉を休めるために歌わないって」
 蓮に歌禁止令が出るのは初めてではない。しかし、毎回どうにも上手くいかない。今回も、歌うのを我慢するために部屋でひたすら前転をしていた蓮だったが、それを見かねた結人の提案で、こうして気晴らしに外の空気を吸いにきていた。
「でも、こんなに楽しそうな音楽が聞こえると、あんまり気晴らしにならない……」
 地面を見つめて歩いていたのが悪かったのかもしれない。蓮が気付いて顔を上げたときには、もう目の前の人とぶつかってしまっていた。
おでこを押さえながら、慌てて謝罪を口にしたところで、ぶつかった相手が見知った人物であることに気付く。
「あれ……那由多くん!?」
 蓮の視線の先には、GYROAXIAのボーカル、旭 那由多の姿があった。蓮は、ジャイロのメンバーも同じ旅館に来ていたことを思い出し、笑顔で声をかけた。しかし、そんな蓮と対照的に視線を合わせた那由多は、ぐっと眉を寄せて舌打ちをする。
「那由多くん、偶然だね! こんなところで何してるの?」
 那由多からの返事はない。それでも偶然会えたことが嬉しくて、蓮は那由多の後を追いかけながら話し始めた。
「僕、散歩してたんだ。本当は、旅館にあるカラオケルームで思いっきり歌いたいんだけど、航海に旅行期間中は歌っちゃダメって言われて……」
「……………」
「喉を休めるためだってわかってる。でも、我慢できなくて困ってるんだ……」
「……………」
「そうだ、那由多くん! 温泉には入った? 僕もアルゴナのみんなと一緒に露天……」
「おい」
「うん? なに?」
 那由多は立ち止まって振り返り、はぁっと大きく息を吐いた。
「ついてくんな」
「え? あ、ごめん!」
 また背中を向けて歩き出す那由多を見て、蓮はなぜかLRロックバトルのことを思い出した。ファントムの音楽、フウライの音楽、イプシの音楽……そして、ジャイロの音楽。それぞれ違う個性を持ったバンドの音が重なる、特別な空間。その空間で感じた高揚感は簡単に忘れられるものではない。少なくとも、蓮にとっては。
「……ねぇ、那由多くん。LRバトル楽しかったね。みんなとまたこうして歌えるなんて思ってなかったから嬉しかったし、ジャイロもフウライもイプシもファントムも……どのバンドのライブもすごくて……ずっと感動してた。もちろん、那由多くんのステージも。また、みんなと同じステージで歌いたいね」
 蓮の言葉を聞いて、那由多は何度目かわからない舌打ちをした。
「何言ってんだ、お前」
「え?」
「同じステージで歌う? 俺はそんなもんに興味ねぇ。何度も言うが、俺が見てるのは世界だ。だから俺の目の前に立ちふさがる奴はどんな奴でも叩き潰す。それだけだ」
「那由多くん……」
「戦う気がねぇならそこをどけ。邪魔だ」
「……どかないよ」
「あ?」
「僕の『戦う』と、那由多くんの『戦う』は違う。風太くん、紫夕くん、フェリクスさんにとっての『戦う』もきっとそれぞれ違うんだ。でも、それでいいんだと思う。みんな違うから、どのバンドの歌もすごいんだ」
「何が言いたい」
「僕はみんなと同じステージに立って、歌って、やっと自分の『戦う』を見つけられた。だから、これからも歌うよ。僕が『戦う』ために。全力の歌を届けるために」
「……勝手にしろ」
 俺には関係ねぇ、そう言いかけた那由多は言葉を止めた。なぜなら、蓮の視線は那由多ではなく那由多の後ろに向いていたからだ。眉間に皺を寄せながら、おい、と声をかける。すると、蓮は幼い子供のように無邪気な声を上げた。
「那由多くん、見て! あんなところにステージがある! イベント用のステージみたいだ!」
「……あ?」
 蓮は、ステージを見た瞬間、押し込めていた歌いたい気持ちがもう止められないことを実感した。頭にあった『歌禁止令』はどこかへ消えてしまい、その勢いのまま那由多の腕を掴む。
「那由多くん! 一緒に歌おう!」
「おい……っ!」

 一方、航海は温泉街のイベントに来ていた。
アイスクリームを片手に、ぶらぶらと出店を見て回る。陽気な音楽と一緒に漂ってくるのは、焼いたトウモロコシ、わたあめ、ヤキソバ、そしてほのかな温泉の香り。航海は旅行気分を味わいながら、部屋に残った蓮と結人にも何か買っていこうと決めた。
「……それにしても、人が多いなぁ。桔梗も万浬くんも見失っちゃったし」
 そう呟くのと同時に、見知らぬ人の肩がぶつかって体勢を崩してしまう。大勢の前で派手に転ぶ、という失態は避けることができたものの、気付いたときには、アイスクリームが航海の服にべっとりと付いてしまっていた。
「はぁ……最悪だ」
 高揚していた気持ちが一気にしぼみ、しばらく茫然としてしまう。そんな航海の目の前に、見知った人影が現れた。
「あれ? 的場?」
「……絋平さん?」
 声をかけてきた絋平は、航海の服と手元のアイスクリームを見て、瞬時に状況を理解したようだ。人が多いもんなぁ、と困ったような笑みを浮かべると、おもむろに自分の右ポケットをごそごそと探る。そして、ポケットの中から「大漁」と印刷されたハンカチを取り出した。
「ポケットティッシュは……そうだ、さっき風太にあげたんだった。的場、ハンカチで悪いけど使ってくれ」
「え、いいんですか? 汚れちゃいますよ!?」
「いいって、いいって。ハンカチは汚れるもんだろ」
「でも……」
「ほら、ちょっとじっとしてろ」
 絋平は、慣れた手つきで航海の服についたアイスクリームを軽く拭い、左のポケットから飴玉を取り出して、航海に握らせる。
「え? え!?」
 まるで子供扱いである。困惑を極める航海の表情を見て、絋平ははっとした。
「……悪い。つい、いつもの癖で」
「癖……ですか?」
「ああ。わざとじゃないんだ。気ぃ悪くしたらごめんな」
「いえ、そんな! ありがとうございます」
 眉を八の字にして謝罪する絋平を見て、航海は微笑んだ。基本的に穏やかで優しい。一緒にいるとどこか安心するし、頼りがいがある。まさしく絵にかいたような兄だと感じた。
「絋平さんって、まさに『兄』って感じですよね」
「そうか?」
「世話をするのに慣れてるといいますか……」
「風太にあおい、大和に岬……ウチは食べ物を落としたり、飲み物を零したり、泣いたり喧嘩したり……とにかく面倒を起こす奴が多いから」
「そ、そうですか……大変ですね」
「たまに小学生なんじゃないかって思うときがある。でも信じられるか? ああ見えてあいつら大学生なんだぞ……」
「あー……」
 航海は、元気いっぱいなフウライのメンバーを思い出し、肯定も否定もできない微妙な返事をしてしまう。確かに彼らと一緒にいると、頭を抱えたくなるようなことがたくさん起きそうだ。
「あいつらに比べたら、的場はしっかりしてるよなぁ。さすが里塚の弟だ」
 里塚の弟、という言葉に航海は思わず眉を寄せてしまう。表情を曇らせた航海に気付いた絋平は、しまったと口元に手を当てた。
「あー……悪い。もしかして里塚とは、仲良くない感じか?」
「……上手く言えないんですけど。うーん、良くも悪くもない気がします。絋平さんみたいな兄だったら、きっと仲良くできたんでしょうけど」
「そうか?」
「そうですよ。優しいし、頼りになるし」
「里塚だって頼りになると思うぞ? 優しいかどうかはわからないが」
「どうでしょう……って、うわ!」
 うつむく航海の頭を、絋平がぐしゃっと撫でた。
「まぁ、兄弟の形なんて人それぞれだしな。あんまり考えすぎないほうがいいぞ?」
 頭を撫でられるなんて何年ぶりだろう、そんなことを考えて、航海はなんとも言えない気持ちになった。恥ずかしいような、嬉しいような。
「っと、噂をすれば……あれ、里塚じゃないか?」
「え?」
 絋平が指さす先には、確かに賢汰の姿があった。賢汰は航海と絋平に気付くと、ゆっくりと近づいてくる。
「じゃ、俺はそろそろ風太たちのところに行くよ。なんかトラブルを起こしてないか心配だしな」
「あの、絋平さん。ありがとうございました」
「おう、またな」
 絋平は、賢汰と軽く挨拶をすると人込みの中へ消えていった。そして入れ替わるように賢汰が目の前にやってくる。
「早坂くんと航海……珍しい組み合わせだな」
「偶然、会ったんだ。いろいろ助けてもらって」
「そうか」
「兄さんこそ、こんなところでどうしたの?」
「仕事が片付いたから、気晴らしに出て来ただけだ……この旅行が終わったら、すぐにツアーだからな。ゆっくりできるのは今しかない」
「相変わらず忙しそうだね」
「そうでもないさ」
 航海は賢汰の横顔を見つめる。その表情はいつもと変わらず、何を考えているのかまったくわからない。
「……兄さんから見て、LRバトルはどうだった」
「興味深いものだった。どのバンドも以前より成長していた」
「そう」
「だが、ジャイロにはかなわない」
「……言うと思った」
「七星くんたちの様子はどうだ?」
「蓮には、旅行期間中は喉を休めるように言ってある」
「そうか」
「まぁ、歌うのを我慢してる蓮を見るのは心苦しいけど……」
 航海がそう言った瞬間、イベントステージの方から大きな歓声が上がる。そして、聞き慣れたふたり分の歌声が響き渡った。
「あれって、もしかして……」
「……那由多と七星くんだな」
「はぁ……歌うの禁止って言ったのに」
「那由多にも喉を休めるように言ってたんだが……どこのボーカルも同じだな」
「もう、仕方ないなぁ」
「止めなくていいのか?」
「兄さんこそ」
「俺じゃ那由多は止められない」
「僕もだよ。歌い始めた蓮は止められない」

 イベントステージは、熱気を帯びてさらに盛り上がっていく。
航海と賢汰は呆れつつも、曲が終わるまで、そしてアンコールの声が響いてもなお、それぞれのボーカルの歌声に耳を傾けていた――。

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