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2022.06.22Info

【L★R Rock Battle】AFTER STORY 3章【Fantôme Iris】

 温泉旅行2日目の朝、Fantôme Irisが宿泊中の豪華な一室。
ここはL★R Rock Battle運営が手配した部屋を、バンドのリーダーであるフェリクス・ルイ=クロード・モンドールが(独断で)グレードアップした結果である。会席料理のコースかと思うほど豪華な朝食を前にしたフェリクスは、爽やかな朝の空気とは裏腹にのっそりと起き出してきた洲崎 遵に声をかけた。
「おはよう、ジュン。ご機嫌はいかがかな」
「おはようございます…… 機嫌は悪くないですけど、朝からこんなに食べられないです……」
「おや、そうかい? ジュンは洋風の朝食のほうが良かったかな。今からでも変えてもらおうか」
 すると、礼儀正しく正座して食事をとる楠 大門と、男らしく胡座をかいた御剣虎春が少々心配そうに遵を見上げた。
「遵。食欲がないなら、汁物だけでも腹に入れておくといいぞ」
「ん?  お前、昨日はけっこう早く布団に入ってなかったか?」
「いや、夜中にギルドメンバーからメッセージが来て……」
「旅行に来てまでゲームか……だが断れなかったんだな、あとで少し昼寝したらいい。起きたら食べられるよう、ご飯はおにぎりにしておいてやるから」
「うう、大門さんありがとうございます……」
「そういや、燈はいつ来るんだっけ?」
 具沢山の味噌汁をずずっ、と吸いながら虎春が聞く。Fantôme Irisのもう一人のメンバーである黒川 燈はどうしても仕事の都合がつけられず、途中から参加することになっていたのだ。
「今日の夜には着くと思います。さっき『やっと仕事が片付きそう』ってメッセージが来たから」
「それならディナーは皆で一緒に楽しめそうだね。とっておきのワインをたくさん持ってきたから、全員が揃ったら開けよう」
「おっ、今夜は酒盛りだな!  楽しみだぜ」
 サムズアップする虎春に、フェリクスが小さくウインクで応えた。箸を置き「ご馳走様」と小さく手を合わせた大門が言う。
「では、日中はどう過ごす?  昨日は到着が遅かったから、ほとんど何もできなかったが」
「俺は風呂場で大騒動だったし、大門は卓球バトルがあったらしいけどな……」
「 なんだい?  楽しそうな話だね」
興味津々といった顔のフェリクスに、虎春が笑いながら「夜の飲み会で話す」と答えた。
 フェリクスが口を開く。
「今日は各自、夜までフリータイムにしよう。せっかくの『イアンリョコウ』だし、好きなように息抜きしようじゃないか」
「俺はかまわねえけど、フェリは大丈夫か?  燈のお付きはねえぞ」
「ご心配なく。あまり遠くまで行くつもりはないし、夜までにはきちんと戻るよ」
 そうして一同は、それぞれで過ごすことにしたのだった。

 きちんと手入れされた中庭の道を、フェリクスはひとりで散歩していた。旅館備え付けの外出用の浴衣を身につけ、輝くような金髪をゆるりとひとつにまとめただけのリラックスした格好だが、時々すれ違う宿泊客が「モデルさん? 俳優?」「撮影か何かじゃない!?」と、そのにじみ出るセレブオーラを二度見する。
「ほう、この旅館は映画の撮影にも使われたことがあるんだね。実に美しい日本家屋だ。……おや、あれは」
 フェリクスが見つけたのは足湯だった。中庭に面した縁側に籐製の座布団が均一に置かれ、足元の溝にはお湯が流れている。お湯からは、ほのかに白い湯気が立ち上がっていた。
「フフ、本当に日本人は『お風呂』が大好きなんだね。足だけ温泉に浸かるのはどんな感覚なんだろう。……失礼、ここは僕も利用して良いのかな?」
 庭を掃除していたスタッフに尋ねると、宿泊者はいつでも使って良いとのことだった。スタッフは近くの棚からタオルを数枚手渡し、「どうぞごゆるりと」と微笑む。
「Merci. ……おっと、そこにいるのはシュウかい?」
 続いて中庭に現れたのはεpsilonΦの宇治川紫夕だった。紫夕もひとりで散歩していたのか、いきなり声をかけられてびくりと肩を震わせ、声の主を見つけるとあからさまにしかめっ面を作った。
「げ……」
「げ?  芸術的だと言いたかったのかい?  そうだね、この温泉施設の建築美は芸術とも言えるかもしれないね」
「ちゃうわ。会いたない奴におうてしもてゲーしそうの『げ』、や」
「ところでシュウは足湯に入ったことはあるかい?」
「話聞いとった?  なんやのいきなり」
「足だけでも気軽に温泉が楽しめるなんて、興味深いと思わないかい。……もし良かったら一緒にどうかな」
「入るわけないやろ、気持ち悪い」
 ぷい、と踵を返して紫夕が立ち去ろうとすると、掃除中のスタッフにぶつかってしまった。申し訳ございませんと平謝りするスタッフに、紫夕はぼそりとつぶやく。
「うざいし、ぺこぺこせんといて。……別にええよ、僕もよく前を見てなかったんやから」
「おや。自分の非を認めるなんて、シュウも大人になったのかな」
 そう言いながら微笑みを向けるフェリクスを、紫夕は思い切り睨みつける。するとフェリクスが何かを思いついたように言った。
「……そうだ。ねえ君、彼は僕の知り合いなんだ。足湯に入りたいそうなんだけれど、とてもシャイな子でね。手伝ってあげてくれるかい?」
「はあ!?」
 快く頷いたスタッフが、紫夕をずいずいと縁側に上がらせる。
「ちょっ……いきなり触らんといて!」
「暴れるのはエレガントではないよ、シュウ」
 にこやかに対応するスタッフに、こんなところでつまらない問題を起こすより、さっさと済ませて別の場所に行ったほうがいいと考えた紫夕は、「靴下くらい自分で脱げるから!」 とスタッフの申し出を断り、内心嫌々ながらフェリクスの隣に腰掛けた。

「ほう、これは……」
 先にお湯へと足を入れたフェリクスが、うっとりと目を閉じてため息を漏らす。紫夕は心のなかで「この男はいつも大げさや」と憎々しく思いつつ、ゆっくりと湯に足を浸からせた。
(えっ……?)
 フットバスなんて何度も体験しているし、疲れたときは使用人にリフレクソロジーをさせたりもしている。けれど、屋外の空気と緑に癒やされるからなのか、温泉の香りがリラックス感を誘うからなのか、紫夕は身体のこわばりが一気にほどけていくような感覚に陥いり、驚いた。
「Très bien……『足湯』とは、実に心地のいいものだね。シュウも急に静かになったけれど、同じように感じたのかな」
「べ、別にどうってことないわ。足が冷えてたから、ちょうどええって思っただけや」
「フフ。それなら、少しだけゆっくりしようか」

 そよそよと吹く風が頬をくすぐる。想像以上の足湯の気持ちよさになかなか動けなくなってしまった紫夕だったが、隣に座っている男だけが邪魔すぎる。一刻も早くこの場を立ち去りたい気持ちともう少しのんびりしたい気持ちで葛藤していると、フェリクスが言った。
「……シュウ、『しりとり』をしよう」
「……は?」
 いきなり何を言い出すんだこいつは、とばかりに紫夕がフェリクスを見る。
「ふと、小さい頃のシュウと『しりとり』したことを思い出してね。僕はそのおかげで覚えた日本語もあるんだよ」
「うっざ……。やるわけないやろそんなの」
「『の』?  それじゃあ僕は……『ノイシュヴァンシュタイン城 』」
「やらんて言うとるやろ」
「『ろ』から始まる言葉か、『労働社会保険諸法』はどうかな……いや失礼、『う』で終わる単語ばかりではフェアではないね」
「……もう、うるさい!  ちょっとは静かにしてられへんの!?」
「すまないね。……何か話したいと思ったのだけれど、いい言葉が見つからなくて」
 紫夕はあさっての方を向いていたが、フェリクスの声に少しの寂しさが滲んでいたことを感じた。きっと今のフェリクスは、表情にもそれが出ているのだろう。まったく面倒くさい。
「それなら。足元の水音と、風が木々を揺らす音……そして、遠くで囀る鳥たちの声にしばし耳を傾けようか」
 そうして、再び静かな時間が流れ出した。

 耳元で優しい歌声が聞こえる。隣にいる相手にしか聞こえないような小さな、優しい子守唄。たしかずいぶん昔にも、歌ってもらったことがある気がする。これは……
「!! 」
 ハッと気がつくと、紫夕はフェリクスの肩にもたれかかっていた。おそらく5分10分の短い時間だろうが、いつの間にかうたた寝をしてしまったらしい。よりによってこの男に寄りかかかって眠るなんて失態すぎると、紫夕は舌打ちしながら慌てて身体を離した。
「ごめんね、起こしてしまったかな。ほんの短い間だったけれど、声をかけるのはしのびなくてね」
「……」
 紫夕は黙って立ち上がると、タオルで乱暴に足を拭いた。
「僕、もう行くわ。……あんた、」
「大丈夫。誰にも言わないよ」
 紫夕が言いかけた言葉を遮るように、小さく、けれどきっぱりとフェリクスが答えた。考えていることはお見通しというわけか。その時紫夕は、うたた寝から目覚めたときのフェリクスが、微塵も肩を揺らさず自分の頭を優しく受け止めていたことを思い出した。どうしようもなく自分より大人で、忌々しくて。やっぱりこいつのことは大嫌いや。
「久しぶりに、シュウと話せて嬉しかったよ」
「……よう言うわ、ほんま気持ち悪い」
「いつの日か、君と……いや、なんでもない。気をつけて帰るようにね、シュウ」
「……うるさい。もう僕に話しかけんといてや」
 去っていく紫夕の背中を見つめていたフェリクスは、ふたたびひとりきりになると、ふいに微笑んだ。
「『嬉しかった“よ”』『“よ”う言うわ』……『シュ“ウ”』『“う”るさい』……か。最後の会話が『しりとり』になっていたのは偶然かな」
 けれど、どちらでもかまわない。フェリクスはこのひとときの時間と、紫夕のあどけない寝顔を胸の奥深くの引き出しに仕舞い、そっと鍵をかけた。
「……さて、僕もそろそろ部屋に戻ろう。みんなのいるところへ」
 フェリクスは、もと来た道を帰っていった。誰もいなくなった足湯の水面が、夕日のオレンジ色を反射してきらきらと輝いていた。

 そろそろ日付も変わろうかという夜中、遵は大浴場にやってきた。部屋には内風呂だけでなく露天風呂もついていたのだが、やはり温泉といえば大浴場。泳げるくらいの広さのお湯に浸かれることと(もちろん遵は泳がないが)、いくつもの種類の温泉が引かれているのが魅力的だ。遵はこっそりと部屋の飲み会を抜け出し、大浴場で深夜の入浴を楽しむことにしたのだ。

 すべてのロッカーに鍵がついており誰もいないことを確認した遵は、ペットボトルの常温の水を飲み干すと、手早く服を脱いで浴場のドアを開けた。ざっと身体を洗ってかけ湯を行い、最初に目をつけていた浴槽に身体を浸した。
「ふう……いいお湯だな。それにしても、さっきの飲み会はすごかったなあ……」
 遵はつい先ほどまで行われていた部屋での騒ぎを思い出していた。

「おー燈おつかれ!  早く着替えて座れよ。フェリがすっげえ高いワインをいっぱい持ってきたから、早く開けようぜ」
「少し冷めてしまったが、燈の分の夕食はここにあるぞ」
「トモル、宴はすでに始まっているよ。共に楽しもう」
「お疲れさま、燈。あれ、なんかちょっと顔が赤くない?」
「ああ、新幹線でビールをね。ごたついてた案件がやっと片付いたし、今日から温泉だと思うとうきうきしちゃって」
 連日の徹夜で疲れているはずの燈だが、ようやく仕事から解放されて晴れやかな様子だ。それを見たメンバーも安心し、フェリクスが持ち込んだワインが1本、2本、3本……と空いていった。

「はああ~?  フェリ、野球拳を知らないってまじかよ。じゃあやるしかねえな!」
「いいね!  『ブレイコー』というやつでいこう」
「ひええフェリクスさんまさかの乗っかり!  俺は不参加でお願いします……!」
「あっはは。遵、何言ってんだよ。自分だけが逃げられるとでも?」
「燈こわい!  目が、目が据わって る!」
「……燈はだいぶ酔っているようだな。遵、腹をくくれ」
「なんで立ち上がってるんですか!  大門さんならみんなを止めてくれると思ったのにいい!! 」
 そのあとは修羅場だった。「靴下は1足ずつカウントして良いかどうか」 と、あらぬ格好で 揉め始めた酔っ払いメンバーたちの隙を見計らい、遵はひとりでこっそりと逃げ出してきたのだった。

「あんなに酔ったみんなを見たの、久しぶりだったなあ……。楽しそうで良かったけど」
戻る頃にはみんなも落ち着いているといいなと遵が考えていると、背後のドアがガラリと開く音がした。
(えっ!?  ちょっと待って誰?  ファントムの人じゃないだろうし、話しかけられたらどうしよう……!)
 遵が慌てて頭からタオルを被って息を殺していると、背後の人物が「ふむ、いい湯加減だ」と独り言を言った。その声は若いが、口調がやけに落ち着き払っている。というか、聞いたことがある。そう思った瞬間、遵は「ふえっっくしょん!!」と盛大なくしゃみをしてしまった。ああ、終わった…… 覚悟を決め、ゆっくりと振り返りながら遵が言った。
「えっと……びっくりさせてすみません……」
「いえ、こちらこそ先客に声もかけず失礼しました。……おや?  洲崎さんじゃないですか」
「秒でバレたー!  はいそうです洲崎です……なんでわかったの?  顔隠してたのに……」
「……あなた、普段も顔の下半分しか見えていないじゃないですか。いつもと変わりませんよ」
「はあ、そうだった……」
 遵はいつかの雨の日に玲司と交わした会話を思い出していた。ゴミを見るようなとまではいかないが、自分に向けられたあの冷たい目。きっと自分のことが嫌いなのだろうし、せっかくの温泉で嫌なやつに会って気分を害しているに違いない……そう思い、別の浴槽に行こうと決めた。
「あの、俺」
「俺があちらに移動します。失礼」
 言いかけた遵を遮り、玲司は肩をさすりながら少し離れた浴槽に入ろうとした。それを見た遵は、いきなり口を開いた。
「あ、あの烏丸くん!  そっちのお風呂じゃなくて、あっちのほうがいいと……思う……」
 思わず声が出てしまったが、語尾は小さくしぼんでいった。玲司は訝しげな顔をこちらに向け、言った。
「何故ですか?」
「あの……烏丸くん、もしかして肩が凝ってない?  もしそうなら、あっちのお湯のほうがいいよ」
 言いながら遵は玲司の元に行き、湯船の横にある温泉の効能表を示した。
「ここに書いてある成分とこの浴槽の温度が、身体をほぐすのに効果的なんだ。あと、お湯に浸かるときは冷たい水で濡らしたタオルを頭に乗せるといいよ。のぼせにくくなるから……」
 自信なさげだが、遵が温泉について語る説明には説得力があった。玲司は少し意外だという表情を浮かべて答えた。
「ずいぶんと詳しいんですね。事前に調べたんですか?」
「実は俺、温泉ソムリエの資格持ってて……」
「……なるほど。では、イライラをおさめるのに効果的な温泉なんていうのもあるんですか?」
「えっ、烏丸くんイライラしてる!?」
「俺じゃありません。うちの……いえ、なんでもないです」
 思わぬところで会話がはずむ(?)ふたり 。自分の話をふむふむと聞いてくれる玲司に、遵は嬉しくなり少しだけ饒舌になっていった。そして一緒に洗い場を横切った、その時。
「あとはこっちのお湯がまたすごくて……あ、烏丸くん眼鏡外してるからよく見えないよね?  足元気をつけてね。……わわっ!」
 言ったそばから自分の足が滑った遵は、転びそうになって慌てて踏ん張った。よし転ばなかったセーフ!……と思ったものの、足元に違和感がある。おそらく、何かを踏んでいる。そうっと足を上げてみると、それは傍らに置かれていた玲司の眼鏡だった。
「うわああああごめん!  玲司くんのだよねこれ?  割れてないよね!?」
 慌てふためきながら眼鏡を拾い、立ち上がる遵。呆れつつもかがんで様子を見ようとした玲司。お互いの頭がぶつかり、「ゴッ」という鈍い音がした。ふたり の目の奥に火花が散った。
「いたた……」
「つっ……」
「舌打ちされたー!  そうだよね怒ってるよねごめんなさいいいい!」
「舌打ちじゃありません」
遵が拾った眼鏡を見てみると、レンズこそ割れなかったもののフレームが思い切りひしゃげてしまっていた。
「うわああああああ」
「……」
 すっかり涙目の遵が玲司を見上げると、その顔にはなんの感情も 表れていなかった。これが現代アートだとするなら、そのタイトルは「無」がぴったりだ。ねえそれ今どんな気持ちなの……?  遵は今すぐ舌を噛んでしまいたいと思った。
「はあ、まったく……。大丈夫です、予備を持ってきていますから。それより、洲崎さんの足は大丈夫ですか」
「俺の足なんかどうでもいいよ!  ねえこれ高いんでしょう?  で、でも頑張って弁償するから!」
「結構です」
「そんなのダメだよ……!」
 文字通り捨てられた子犬のような目で自分を見つめる遵に、玲司は再びため息をついた。たしかに修理代はかかりそうだが、これだけ落ち込んでいる人間から金を巻き上げる気にはなれなかった。
「……でしたら、先ほどあなたに教えていただいた温泉知識でチャラとしましょう。有益な情報もありましたしね」
「本当に……?  烏丸くん、優しすぎる……ありがとう……」
 優しい? この俺が? 玲司は遵に聞こえないくらいに小さく鼻で笑うと「借りを作りたくないだけです」とつぶやいた。そして先に浴場を出ようとしたが、そのままでは風邪を引くからと懇願され、もう一度(遵がおすすめの)湯に入ることにしたのだった。

 やがて誰もいなくなったはずの大浴場に、人影がひとつ。
「とても興味深かったな」
 遵たちに見えない角度の位置で湯に浸かっていたその人物は、そうつぶやくと「やっぱり、あのふたりは……」と、ひとり微笑んだ。

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